数年前、私が住んでいた古いアパートで、ゴキブリとの悪夢のような同居生活が始まった時のことです。化学的な殺虫剤を部屋に撒くことに強い抵抗があった私は、インターネットで「安全なゴキブリ対策」を検索し、「ハッカ油」という、まるで魔法のようなアイテムの存在を知りました。「これなら、ペットの猫にも安心だし、部屋も良い香りになる!」と、私はすぐに薬局へ走り、ハッカ油とスプレーボトルを購入。意気揚々と、オリジナルの忌避スプレーを作り、家の隅々、特にゴキブリをよく見かけるキッチンのシンク下や、冷蔵庫の裏に、これでもかというほど吹き付けて回りました。部屋中が、爽やかなミントの香りに包まれ、私は、これでようやく悪夢から解放される、と確信しました。しかし、その期待は、わずか数日後に、無残にも裏切られることになります。その夜、いつものようにキッチンに現れたゴキブリは、私が丹精込めて作り上げたハッカ油の香りのバリアを、まるで意に介さないかのように、悠然と横切っていったのです。その光景を前に、私は愕然としました。なぜ、効かないのか。私の使い方が間違っていたのか。その後、私はさらにハッカ油の濃度を上げてみたり、置くタイプのものを併用してみたりと、様々な試行錯誤を繰り返しましたが、結局、ゴキブリの出現頻度が劇的に減ることはありませんでした。最終的に、私が平和を取り戻したのは、専門の駆除業者に依頼し、ベイト剤(毒餌)を設置してもらった後のことでした。業者の方に、私のハッカ油での奮闘記を話すと、彼は優しく、しかしきっぱりと言いました。「お客様の家は、すでにゴキブリが巣を作って繁殖してしまっている状態でした。そうなると、匂いだけで彼らを追い出すのは、非常に難しいんですよ」と。この苦い経験は、私に教えてくれました。匂いによる対策は、あくまで「予防」のためのものであり、すでに定住してしまった敵を追い出すほどの力はないのだと。そして、問題が深刻化した時には、素人の生半可な知識に頼るのではなく、プロの力を借りる勇気が必要なのだということを。