「公共の場所の巣は駆除するのに、なぜ個人の家の巣は駆除してくれないのか」。市役所に相談した際に、そうした理不尽さや、行政サービスの限界を感じる方は少なくないでしょう。しかし、市役所が個人宅の蜂の巣を原則として駆除しないのには、いくつかの明確な理由と、行政としての公平性を保つための、やむを得ない事情が存在します。まず、最大の理由が、「私有財産の管理責任」の原則です。法律上、個人の敷地内にある樹木や建物、そしてそこに作られた蜂の巣は、その土地の所有者または管理者の「財産の一部」と見なされます。そして、その財産をどのように管理し、そこから生じるリスクにどう対処するかは、基本的には所有者自身の責任となります。もし、行政が特定の個人の敷地内に入り、税金を使って駆除作業を行うとすれば、それは「個人の財産管理に、公金を使って介入する」ことになり、他の納税者との間で、公平性の問題が生じてしまうのです。次に、「専門性と安全性の問題」もあります。蜂の巣駆除は、蜂の種類や巣の場所によって、高度な専門知識と、特殊な機材、そして危険を伴う作業スキルが求められます。市役所の職員が、必ずしもこれらの専門技術を全員が持っているわけではありません。もし、不慣れな職員が駆除作業を行い、失敗して蜂を怒らせ、近隣住民に被害を及ぼしてしまった場合、その責任問題は非常に複雑になります。そのため、安全かつ確実に駆除を遂行できる、民間の「専門業者」に任せるのが、最も合理的であると判断されているのです。また、消防署が駆除を行うケースもありますが、これはあくまで、蜂によって人の生命に差し迫った危険がある場合などに限られる、緊急的な「人命救助」の一環であり、全ての蜂の巣駆除に対応しているわけではありません。これらの理由から、多くの自治体では、直接的な駆除ではなく、住民への情報提供や、専門業者の紹介といった、間接的な支援に徹しているのが現状なのです。
なぜ市役所は個人宅の蜂の巣を駆除しないのか